真のカルチャージャミング。ここに極まれり。
          

メディア・カルタ 宣言書

々は社会における情報の伝達方法と意味が生み出される過程によって日々困惑させれていること
をここに宣言する。

自信の喪失
私達が普段耳にしているもの、目にしているもの、読んでいるものの多くがエンターテイメントの情報で
で反対にニュースは不足している。(多くの番組があるものの結局どれも 同じ話ししかしていない)。
多すぎるコマーシャルと誇大広告。日々の商業用のインフォメーションシステムは私達の世界観をすっ
かり捻じ曲げてしまっている。

信用の喪失
我々はマスメディアに関わる組織を信用することができなくなってしまった。一握りの企業が世界中にある
情報の実に半分を支配してしまっている。世界中の人々が飢えや戦争、社会秩序や経済の崩壊に苦
しんでいる時でも、やり方を熟知している連中か多額のお金を放送機関に支払ったものだけがそのメッセ
ージを発信することができる。

希望の喪失
我々は政府の情報規制機関が社会の公益のために働いてくれることを期待することができなくなってし
まった。メディアを有するものに対する本質的なルールは地方の人々がメディアにアクセスするルールが
希薄になったのと同時に刻々とつぶされていっている。

忍耐の喪失
我々はもうこれ以上、状況が改善されるのをただ待っていることはできない。

我々が創造する新しいシステム
我々はメディアデモクラシーを想像する。そこにはインターネットでのオープンなコミュニケーションと開放性をメ
ディアが有することを確実なものにすることから始まる。我々は市民が自主的に参加できる世界規模のコミュ
ニケーションシステムを心の中に描いている。ようするに、我々が望むものは鍵となるメディアソースが人々に
タイムリーに開示されるようなシステムである。

まず手始めに、我々はテレビ・ラジオの放送枠を他の広告主と同じ条件とルールで購入できるようになること
を主張したい。我々は市民が発するメッセージが1時時間の放送枠の合間にある2分ほどのCM枠にて放
送できるような規則を要求したい。我々は世界最大手といわれる6つのメディアコーポレーションがそれぞれ
小さな会社に分割されていくことを要求する。

我々が究極の事として望むことはこの情報化社会において新しい人権を獲得することである。それは公共
の電波を使い自由な発言ができる権利のことであり、この新しい人権はすなわち「コミュニケーションをする
権利」である。

全ての国の法律と世界人権宣言に「コミュニケーションする権利」を確立すべく、今ここに活動を開始する
ことを宣言する。

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